こんにちは、ちひろです。
遅ればせながら9月の目標報告とホームワークを提出します。
9月の目標報告
・読書習慣の振り返り
→未達成。
7月までは習慣化できていた読書ですが、8月・9月は休憩時間にAIでの小説執筆に夢中になっていたり、SNSチェックに時間を費やしてしまい、滞っていました。
好きな物語小説などは夢中になって読めるけど、ハック系の本は途中で飽きてしまったり、ムラが出てしまうのが課題です。
何冊かの本を同時並行で読むようにする対策を立てて、再び休憩時間の読書を習慣化したいです。
・振り返りに応じて読書数の目標を立てる
→達成。
上記にもある通り、何冊かの本を同時並行で読むようにするを対策として最低月1冊を目標にしようと思います。
・妊活にいい食べ物を取り入れて食生活改善
→ゆる〜く達成。
ほうれん草、ブロッコリー、アスパラガス、アボカドなどの特売があれば購入することを買い物メモに書いてあって、ほうれん草やブロッコリーは比較的取り入れていたかなと思います。
今後もゆる〜く続けます。
5月の未達成目標だった遠方の友人に会うも達成しました。
パラダイムシフト的な体験があったので、ブログで共有します。
9月11日・12日にカウンセラーのまや先生と大阪旅行に出かけました。
目的は、フェルメール展と瀬川先生の焼肉屋さんに行くこと!!!
美術館は人生で一度も行ったことがなく、未経験でしたが「いつか行ってみたいな」と思っていたので、実現して嬉しかったです^^
フェルメールの有名な作品は「真珠の耳飾りの少女」

私はそれぐらいしか知らなかったですが、レプリカを間近で見て、とても衝撃を受けました。
鑑賞前にまや先生に「”絵に詳しくなくても、気になった展示は見ておくといいよ。そうすると本物を見極める力がつくから”と人に教えてもらって美術館巡りをするようになった」と教えてもらいました。
最初は意味がよく掴めない状態でしたが、本物を生で見てみて、なんとも表現しがたい感覚を体験しました。
絵に詳しくない私でも強く惹きつけられる魅力が詰まっていました。
目が離せないというか、自然といつまでも見てしまう……というか。チープな表現だけど、「魂が惹きつけられる」という感覚がしました。
作品が作られてから何百年もの間受け継がれてきたということは、それだけの間、多くの人々を魅了しているということであり、「これが本物ってことか!」という感覚になりました。
そこで、来年のテーマが決まりました。
もともと、落語・能・歌舞伎などの伝統芸能に興味がありましたが、生で見る機会がなくて縁遠い状態でした。
今回「本物を生で見る」体験をして、「本物」や「伝統」に定期的に触れたいと感じました。
美術館に行くことはもちろん、落語・能・歌舞伎を生で見る機会を作りたいです。
そして、このフェルメール展の衝撃を同僚に初めて話した時、自分の語彙力が残念すぎて、うまく伝えられず大変悔しい思いをしました 笑
何度も何度も人に話す練習をして、最近では自分が満足のいく表現ができるようになりました。そこもいい体験だったなと思います。
そして、瀬川先生の焼肉屋さんでは、瀬川先生と直接お話する機会があり、とても勉強になりました。

男性目線ならではの意見や、瀬川先生ならではの角度でお話をたくさんしてくださって、とても充実した時間になりました。
お忙しい中で時間を作ってくださった瀬川先生も大変有難かったですし、繋いでくれたまや先生にも感謝の気持ちでいっぱいです。
9月の旅行は、コンフォートゾーンの外に出た感じがあり、たくさんの刺激をもらえました!
また何かこんな経験ができた時には、ブログにシェアしたいと思いますので、また聞いてもらえたら嬉しいです^^
自分の子供時代を振り返ってみよう!どんな子供で環境がどうだったか
私の子供時代は、心の安全基地がない子供時代だったと思います。
両親は楽しいことが好きで、毎日友達を家に呼んで宴会をするような人たちでした。
当時は2Kの借家に3人家族で住んでおり、2部屋も一続きになっていて、襖で仕切られていて扉のない入り口で繋がっている構造でした。
飲み会をしている隣室から、親の友達がひょっこり覗いてくるみたいなことも頻繁にありました。
当時は「嫌だなぁ」と思っていたものの、カレッジに通い始めて自分のルーツと向き合うまでは、自分の中では「これが普通」だと思っていました。
以前のカレッジで家の中の時計がズレていても気づかないという内容がありましたが、まさにそんな感じです。
母はとても感情的な人で、コミュニケーションは感情のドッジボールというイメージ。
そのせいか、私の中には「相手に感情をぶつける」ことへの嫌悪感と、「相手から感情をぶつけられる」恐怖感が内在しています。
母に言われた言葉でいまだに記憶に残っている言葉があります。
酔った親の友達に何かを言われた時に、私はあからさまに嫌だという表情をしました。それを母に「目つきが悪いよ」と注意されました。
当時小学生だった私は、その体験から「自分の不快な感情を表現してはいけない」と無意識に受け取ったんだと思います(あとから振り返ってみると)
そこから、私は人に嫌なことを言われたとしても愛想笑いで流したり、何も感じてないように無表情になる癖がつきました。
これもカレッジで学んで思ったのですが、エニアグラムでいうと感情タイプの母は、私の「表現しない・言わない」というコミュニケーションを扱いづらいと感じていたんだなと思います。
感情タイプからすれば、「嫌なら言えばいいのに」とか「自分の感情を表現しないという選択肢は理解し難い」というのがあってなのか、「宇宙人だ」というふうに言われていました。
言われた当時はいい気持ちはもちろんしなかったですが、こうやって学んで、いろんなことが繋がっていくと今までの経験が再評価されていきます。
私は「母は私のことが嫌いで敵視しているんだ」と解釈していたことも、タイプによって価値観が違うだけだったり、ネガティブの表現の仕方しか知らないだけだったりするんだなと。
母の分析になってしまったので、どんな子供だったかの視点に戻ります。
学校での私は「すぐ泣く」と言われるような泣き虫でした。他の子が言われて平気な言葉でもすぐに泣いていたのは、「心の安全基地」がなかったからなんだと思います。
子供の時の記憶はところどころ曖昧で、仲良く遊んでいたはずの友達と気がついたらケンカしていたなんて記憶もちらほらありました。
我が家では寄り添いの言葉をあまりかけてもらった経験は少なく、失敗した時には「〜したあんたが悪い」など正論で叱られていたので、おそらく友達に対しても、正論を言ったり、水を差すような発言をしてしまっていたのかもしれません。
今は俯瞰して「ここのコミュニケーションとこの事象が繋がっているんだろうなぁ」と予測できますが、渦中にいた頃は「どうしてうまくいかないのか?」「自分がダメだからうまくいかないのかもしれない」ということをずっとぐるぐる考えていました。
私は、自分が嫌だなと感じた時に、「これは一般的に見て大勢の人が嫌だと感じるのだろうか?」「嫌だと感じる正当性が自分にあるのだろうか?」という視点を無意識にもってしまうところがあります。
これも、おそらく今まで経験してきた叱られ方によって形成された考え方なのかなと思います。
安心できる場所がないからタイプ6になったのか、タイプ6だからこそ育った環境に安心できないと思ったのかはわかりませんが、「安心・安全」というのは私にとって大事なキーワードです。
今回子供の頃を振り返ってみて、つらい記憶も多かったけど、学んできたおかげで多面的に捉えることができるようになったなと感じました。
嫌だなとか、悲しいと思う出来事は変わらないけれど、一歩下がって俯瞰的に眺められるようになったのは一つの成長だと思いました。
この経験があったからこそ、今の幸せが噛み締めて大事にしていきたいです!